fujii mihaku 展               ”非常識”<back    next>人物の量感と存在感

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プライベートなヌード

 コンテでしょうか、パステルの白と黒で描かれているのでしょうか。 色の濃さから判断すれば、木炭ではなさそうです。 デッサン会で描かれた作品ではなく、プライベートで描かれたヌードではないか?という印象を受けます。 デッサン会やクロッキー会で描かれたのであれば、モデルと作者との距離が近すぎる感じがあります。 エコール・ド・パリを代表する画家と言えば、モジリアー二を思い出しますが、彼らの多くは貧乏な画家であり、モデルらしいモデルを描いていることは少なく、モジリアー二が面倒見ることもあったスーチンをモデルにした絵を多く残してますが、狭い室内で描かれていたと思われます。 ところで、この作品は、そのスーチンの作品を想わせますね。

 私(管理人)もヌードを、クロッキー会などではなくプライベートで描くことがあり、また、写真撮影することもあります。「描いたり撮ったりすること意外に何かあるんじゃないの?」などという下衆の勘ぐりを入れられることがあります。 「絵を描くとか撮影するとか言いながら、本当は生の裸を見たいだけじゃないの?」とまでは言われなくとも、そう思われてるフシがあります。 っで、これらの勘ぐりは必ずしも誤解ではないのですが、はなはだ認識不足なのですね。 (人が人である証としての)美意識とか哲学に纏わる知的好奇心に対する認識不足なのです。 性的好奇心が知的好奇心へ入れ替わっていくことを体験すること・・と言う人もいますが、私の場合では、目の当たりにするヌードの美しさを(何とか)紙の上に残さなければならない・・と思うわけで、その夢中になっていく過程において性的好奇心から開放されていくのですね・・・要するに、部分にではなく(造形美として)全体を均一に見る目が養われていくのです。 なので、昼間に自然光で見るヌードの美しさを知らない人には(この認識は)永遠に分からないことでもあります。

 

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人物の量感と存在感 ”上手” に勝る線 美しいが怖い絵 私の好きな作品 感性は走る

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