fujii mihaku 展                   ライティング<back    next>色彩感

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概念を超えるエロティシズム

 ヌード画をここまで愉快に描いて良いものだろうか?という感じがしないでもありませんが・・・愉快というよりも優雅と言っておきましょうか。

 デッサン会などに参加すると、そこにはいろいろな人がいろいろな感性でヌードを絵にしているわけですが・・・。 見ていると、絵が上手になればなるほど、ますますエロくなっていくか、逆に、無味乾燥な人間味を感じさせない(単なる)モノになっていくのです。 この場合のエロとは、性的好奇心ばかりを煽るようなものを言っているのですが、美意識とか哲学に纏わる知的好奇心へと繋がっていく作品を見ることはほとんどありません。 ところで、この fujii mihaku のヌード作品は、僕のヌード画における概念を超えているようなのです。 性的好奇心とか知的好奇心という範疇にはなく、fujii mihaku がこのヌードの女性に成りきっているのではないか?とも思われることです。 それも、愉しんでポーズしている自分を描いているように思えるのです。 女性に成りきっているという表現より、女性ヌードをとおして fujii mihaku 自身を演じているという言い方が正しいのでしょうか。 ここでも「絵画は常に自画像である」ということなのでしょうが、ここまで美しく優雅に描かれていると、ちょっと怖い感じがしないでもありません。 私の知る範囲では、女性ヌードに成りきって描く男性画家はいません。 その ”変態ぶり” が、fujii mihaku 作品の真髄をなすのかもしれない。

 

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 この作品については、どうだろぅ・・・ 上の作品とは好対照な印象があり、自画像を自分の姿で描けば、静かに自分をぬけるというのだろうか。

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 ヌードクロッキーをすれば、たいていの場合、陰毛が見えていることが多い。 宗教的な問題とか、その時代の社会通念などでその部分を描かないことはあったらしい。 ところが今は、その陰毛にこだわる人はいないし、いれば、絵を描く資格とまでは言わないが、部分にこだわるような人はろくな絵は描けそうにないから、アートは辞めた方が良い。 ところで、最近の若者は、この陰毛が濃いことが苦手な男女が増えてきているとも言われる。 知り合いの若者で、陰毛はない方が良い・・・と言っていた者もいた。 それは、たぶん、成熟度の問題ではなく、アニメの影響かもしれない。 また、そのままの状態ではなく、多少の手入れをしておくことは、女性だけでなく男性にとってもマナーであるという人もいる・・それは、なんとなく分かる。 部分にこだわって見えてしまうような人は、観て鑑賞することは勝手だが、創作者には向かないことだけは確かなように思う。

 

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色彩感 少年を描いているようだが・・ 女に成りきる 題名のない絵 才能が描かせる線描写

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